月光が隻眼の男を照らし出す。
言葉に表せないほど美しい朧月は惜しいことに僅かに欠けがある。
まさに己を体現しているようだ。
こういうときにこそ辞世の句というものは詠むべきなのだろう。
何をするでもなく、ただぼんやりとしているのも随分久しぶりに思えた。
「寝付けないの?」
驚くことはない。
だ。
女中ながら勝手に部屋に入ってくるやつは早々いない。そもそも許しを乞う必要はないと言ったのは俺だ。
切れ長の鋭い目。同じように伸びた前髪。
記憶の中のと違った。こいつはこんなにも疲れた表情をしていたか?
縁側から足をぶらつかせていたがこっちを見た。唇の端を歪める、よく不敵と称された笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。
「最後までついていけなくてごめん。」
いつも小十郎とともに後ろにいた。幼いころは手を引かれていたが、元服すると立場は変わった。
いつでも張りのある声を出していた気がする。
こんなしぼんだ声を聞いたのは初めてだ。
「天下に連れていけなくて悪かったな。」
はきょとんとした表情を浮かべたが、すぐに笑い始めた。
一瞬呆気にとられるも、あまりに笑うものだから一発背中を引っ叩く。
「痛ぁ!」
「moodが台無しじゃねぇか!笑うとこじゃないだろそこは!」
「だって政宗様がそんなpraiseworthyな言葉を言うなんて思わなかったから。」
涙を拭きながら、そう皮肉を言うには先程の疲れた様子は欠片もない。見間違いかもしれない。
「月見酒、する?」
どこから出したのか徳利を手に持っていた。いや、さっきから持ってたのか。
いつもならに隠れてというthrillから飛びつくところだが(毎回バレる)、夜の酒を禁止している本人からの誘いは怪しむに決まっている。
「明日の仕事に支障が出るからって禁止してたのはどこの誰だ?」
「そりゃあたしだけど、どうせ仕事しないじゃない。
それに政宗様からのpermissionがなきゃ、こんな上酒飲めないし。」
「一番の理由はそれだろ。」
はまた不敵な笑みを浮かべて何も言わずに猪口を勧めてきた。
断る理屈もなくそれを受け取る。との酒もこれで最後だろう。
やけに凛々しい顔をしたはどうかしたのか。
ハッとして目が覚めた。
耳には鳥のさえずりが響き、目には日の光が飛び込む。しかしながら天気は曇りのようだ。
頭を掻きながら障子を開けると、庭の桜がいくらか蕾を綻ばせていた。
初めて桜が咲いた頃の自分を思い出し、思わず笑いがこみ上げる。
ここまで寝過ごすのも久しぶりだな。
笑みが凍りつくのを感じた。
再び日の位置を確認し、慌てて駆け出そうとするも、足は言うことを聞かずにもつれる。
覚束無い足取りでは、壁を伝うのが精いっぱいだ
一服盛られたか!
城は恐ろしいほど静まり返り、もう全て終わってしまったかと気が急ぐ。
庭の一角に砂が撒かれ、その上に莚を敷いた空間。そこに死装束の影武者。三方に乗った刀。
まだ血はついていない。
半ばほっとするも、そこから先は警備兵に阻まれる
苛立ちが急に頂点に達し、一人の鳩尾に拳を放ち、後ろから抑えにかかる一人の手首を捻り上げ放り投げる。
「!」
が短刀を取った。
「姐さん!姐さんも承知済みだったじゃないですか!
片倉様を納得させてくれたのも姐さんじゃ」
「Shut up!!」
これで小十郎が納得した理由も分かった。
「!聞こえねぇのか!!」
項垂れた首がゆっくりと俺を向く。
なんでお前が
俺が行けば
お前は泣きもせず、ただ笑って言ったんだったな。
「See you again」
さようならさようなら私の愛しい人
いつかまた相見えるその日まで、
私は貴方を思い続けましょう
(その温かな躯を抱き締めて、幾度も接吻を)
あとがき
ヒロインが死んでから一週間という意味です
色々言いたいけど後日!